刀屋壱の水野です。井上尚弥選手のサウジアラビア世界戦、公式パフォーマンスレポートの後編をお届けします。

激動の一日目が終わり、泥のように眠りについた翌朝。起きるとすでに昼前でした。16時からリハーサル、集合は14時です。ホテル近くのチキン料理店でランチ。その後はホテルで準備に入ります。分解してケースにしまっていた模造刀(竹光)を一本ずつ組み立て、状態を確認。衣装に着替え、身体と気持ちを徐々にステージ仕様へと整えていきました。
ようやく「現場に向かう」実感が湧いてきます。
THE RING V: NIGHT OF THE SAMURAI
リハーサルに向かったのは、ブルーバード・シティ(Boulevard City)内にあるモハメド・アブドゥ・アリーナ(Mohammed Abdo Arena)。当日の試合会場でもあります。


今回のボクシングイベントの公式タイトルは「THE RING V: NIGHT OF THE SAMURAI」。対戦相手はメキシコのピカソ選手。街のあちこちにイベント看板が並び、空気そのものが熱気を帯びていました。


ブルーバード・シティは飲食店を中心とした大型アミューズメントパークで、私は2022年と2023年にも訪れています。当時は世界最大級のeスポーツ大会「GAMER8」が開催され、私たちもそこでパフォーマンスを披露しました。久しぶりに足を踏み入れましたが、懐かしさとともに、その発展スピードに驚きました。約2年で街の規模が2倍ぐらいに拡張されていました。
モハメド・アブドゥ・アリーナに到着、井上尚弥選手の控え室前で身震い
モハメド・アブドゥ・アリーナに入ると、広いステージに案内されました。


自分たちがパフォーマンスを行うステージは、選手入場の動線上に位置していました。


ボクシングファンの私は、その場所に立った瞬間、胸が高鳴りました。
ステージ確認を終えると、その日の控え室へ案内されます。そこは、試合当日に井上尚弥選手が使用する控え室でした。身震いしました。

リハーサル前の出来事 ― 甲冑の選択
リハーサルの準備を進めていると、現地のショー担当者と演出家が控え室に入ってきて、「これを着てください」と甲冑を渡されました。

最初理解できなかったのですが、甲冑は現地で用意されていたのです。すぐに着用しました。ゴム製の甲冑で、日本の甲冑と比べると機動性が低く、重量もありました。これを着ると、準備してきたスピード感のある殺陣を表現するのは難しいのは明らかでした。
すぐに、現地の演出チーム、私たちの依頼主と、話し合いを行いました。議論の中で、私たちを依頼主が、強く意見を述べてくれました。「刀屋壱の強みは、スピード感のある殺陣だ。それを活かす方が、今回のショーにとって良い!」
最終的に、甲冑は使わず、私たちが日本から持参した衣装で出演することになりました。自分たちの表現を理解してくれていることが嬉しかった。心から感謝しています。
海外にも、私たちの強みを理解し、時には立場を越えて「戦ってくれる関係」を築けている。それを実感できたこの瞬間は、パフォーマーとして、そして一つのチームとして、とても嬉しく、心強い出来事でした。
音楽の金属音にあわせた殺陣パフォーマンスに変更
リハーサル開始直後、演出側から最初に出た言葉は「まずはあなたたちの殺陣を見せてほしい」。
音楽が流れ、私たちは用意してきた振付を披露します。静と動のコントラストを際立たせ、短い尺でも印象を残す構成。それが私たちが準備してきたパフォーマンスでした。
披露を終えると、演出家から新たな要望が出ます。
「曲の中にあるキンキンという効果音に合わせた殺陣にしてほしい」
想定していたプランが、その場で変わりました。
海外の現場では、内容が急に変わることは珍しくありません。今回も十分に覚悟していましたが、その場ですぐに完全対応できる要望ではありません。そこで私たちはこう伝えました。
「すぐに完璧には合わせられませんが、翌日のリハーサルまでには必ず仕上げます」
さらに殺陣アクションについて細かな指示も出されます。すぐに出せる動きのパターンがいくつもあるため、バリエーションを提示しながら、その場で即応しました。
そこからは、指示に応えながら何度もリハーサルを重ねていきます。
「ここからここまでの間で動いてほしい」
「このタイミングで前に出て、最後は舞台下手に、ゆっくり去る」
音、動線、立ち位置。1つ1つ確認し、ステージ上の流れをすり合わせました。そして、やっとパフォーマンスの全貌が見えてきました。
日本文化侍ショーは多国籍チームで作る
このオープニングショーは、刀屋壱だけで務めるものではなく、和太鼓 彩、そして傘を使ったダンサーたちと一緒に作り上げるものでした。ダンサーチームには日本人がおらず、インドネシア、ロシア、カザフスタンなど多国籍のメンバーで構成されていました。文化もバックグラウンドも異なる人々が、日本文化を表現するショーのために集結していました。

ショー全体の構成を決めているのはサウジアラビアの会社。「THE RING V: NIGHT OF THE SAMURAI」というイベント名が示すように、ショーの主役は侍役である我々、刀屋壱でした。リハーサルでは各セクションごとに詳細な演出が入り、動き・立ち位置・タイミングを一つひとつすり合わせていきました。
同じ場面を、何度も繰り返す。修正が入り、また試し、再度確認する。演出が求めているイメージを汲み取り、最大限応えられるよう全力で取り組みました。
16時に始まったリハーサルは、21時まで続きました。各セクションに課題は残りましたが、全体としては「OK」が出ました。演出家やスタッフの表情からも、手応えと一定の満足感が伝わってきました。
外に出ると、気温は10度を下回り、思ったより冷え込んでいました。
深夜、ベッドで休んでいるとき、ふくらはぎを攣ってしまいました。翌日、久米と話すと、彼は太ももを攣っていました。
演出の要望に応えるため、広い会場を動き回り、想像していた以上に身体を酷使していました。緊張に包まれた現場では気づかなくても、身体は正直でした。
2日目 DAZNリハーサル ー 刀屋壱の出演シーンが増える
2日目のリハーサルは、お昼に集合し、15時から開始でした。
午前中は、前日のリハーサルで求められたアクションに応えられるよう練習に取り組みました。疲労は残っていましたが、時間はありません。攣った箇所に筋肉痛用のテープを貼りながら動きました。
求められたのは、曲の中に不規則に入る「キンキンという刀がぶつかる効果音」にタイミングを合わせて殺陣を行うこと。音を何度も確認し、新しい振付を試し、修正を繰り返す。その積み重ねの中で、なんとか昼までに手応えを掴むことができました。
ほどなくバスが到着し、再び会場へ。到着すると、前日よりセットがさらに仕上がっていました。
海外のショーでは、リハーサルがほとんどない、あるいはぶっつけ本番ということも珍しくない。あっても15分ほどというケースもあります。しっかりと時間をかけてリハーサルができる環境は、表現者にとって本当にありがたいものでした。


心は引き続き高揚していました。素晴らしい空間で、集中し技を磨ける時間。幸せな瞬間でした。
午前中に仕上げた殺陣アクションは完璧でした。キンキンという音にほぼ完璧に合わせることができたので、演出家からは「パーフェクト!」と言われました。和太鼓 彩の方々も驚いていて、確かな手応えを得ました。細かな指示は入り続けましたが、対応できると確信しました。
この日のリハーサルには、DAZNのスタッフも大勢いました。DAZNはスポーツ専門の動画ストリーミングサービスで、世界200以上の国と地域に向けて配信されています。今回の試合がDAZNで世界に配信されることをこの時に知りました。
イギリスから来たDAZNのスタッフはショーの構成にあわせて、何度もカメラで撮って、カメラアングルを確認していました。
その時、我々の出演範囲が拡大したことが伝えられました。オープニングショーに加え、DAZNレポーターと共に歩くシーン、約10秒のCM用カットが追加されました。撮影シーンの説明は的確で、落ち着いて取り組むことができました。
15時開始のリハーサルは21時まで続き、片付けを終えてホテルに戻ったのは23時頃。こうして、本番前日となる2日目の長い一日が終わりました。
ついに、井上尚弥選手の世界戦、公式パフォーマンス本番
本番当日。私たちの出番は「15時頃になる予定」とだけ知らされていました。ボクシングの大会は試合結果や進行状況によって時間が大きく前後します。直前まで確定しないことも珍しくありません。
朝9時、ホテルを出発。11時から最後のリハーサルが行われました。

すでに会場には観客が入り、その視線を浴びながら練習が進みます。撮影スタッフも各所に配置され、DAZNのスタッフも多数現場へ。空気は張り詰め、これまでのリハーサルとは明らかに違う、異様な熱気が会場を包んでいました。

控え室に戻ったあと、私たちは会場の外に出て、来場者にむけてパフォーマンスを行いました。和太鼓 彩の演奏に合わせて移動しては殺陣を披露します。ボクシング会場の外に突然現れた侍たちに、多くの人が驚き、動画や写真を撮って喜んでくれました。日本から来たファンの姿も多く見られました。

リハーサルが終わるとショーまでは待機時間です。メディアの撮影やインタビューも複数入りました。


スモークで視界ゼロ? 夢の舞台での殺陣パフォーマンス
そして15時。私たちは舞台袖でスタンバイに入ります。セミメインで中谷潤人選手とセバスチャン・エルナンデス選手の試合が行われていました。
そこで初めて知ったのですが、私はずっと、アンダーカードからメインカード(計4試合)の間にオープニングショーがあると思い込んでいました。ですが実際は、井上尚弥選手の試合の直前に、私たちのショーが組まれていたのです。会場の熱気が最高潮に達するときです。
一気に緊張感が高まりました。
「これは、とんでもない大役だ」
緊張感は尋常ではありません。普段も初公演は緊張しますが、今回は夢の舞台ということもあり、いつも以上に心が高鳴りました。
本番が始まると、あっという間に終わってしまう。だから、始まらないでほしいという気持ちもありました。それだけリハーサルの時から楽しめていました。
中谷選手の試合が終わり、ついに出番です。曲が流れた瞬間、リハーサルとは比べものにならない量のスモークが放出されました。
一瞬、頭の中で考えます。
「この量で、相手は見えるか?」
「足元の段差は確認できるか?」
「殺陣は成立するのか?」
それでも、やるしかありません。ステージに飛び出すと、夢中で体が動きました。正直なところ、記憶がありません。しかし、何度もリハーサルを重ねてきたおかげで、体が自然に反応し、落ち着いてパフォーマンスすることができました。

やり切りました。
全世界生放送、満員の観客の前で。
高揚感の中、舞台から降りたとき、スタンバイしている井上尚弥選手が視界に入りました。その瞬間、ふっと我に返りました。
私は格闘技が大好きです。会場にも足を運び、行けないときはPPVで試合を観ています。まさか自分が、大ファンである井上尚弥選手の試合のオープニングショーを担当する日が来るとは、夢にも思いませんでした。しかも日本を離れたサウジアラビアで、DAZNという世界的なスポーツ配信の舞台で。
リハーサルから本番まで、すべてが夢のような時間でした。
その夢は、まだ続きます。
井上尚弥選手の試合を間近で観戦
ショーの後、私たちはリングサイドに席を用意していただき、出演者全員で井上尚弥選手の試合を間近で応援することができました。
テレビで見ていた空間は、予想していた以上に大歓声が飛び交っていて、その空間に自分がいることに興奮しました。メキシコファンは熱狂的で、ピカソコールがすごかったですが、井上尚弥選手は圧倒的な力の差を見せました。ガードを固めたピカソ選手をKOはできませんでしたが、結果は3ー0で判定勝ち。この体験は、言葉では言い尽くせないほど深く心に刻まれました。

その夜、依頼主と和太鼓 彩、そして私たちで打ち上げを開きました。怒涛の3日間の緊張感から解放され、ほっと一息つく瞬間です。何より嬉しかったのは、依頼主が今回のオープニングショーを心から喜んでくれたことでした。
今回の出演は、事前情報がほとんどない中での依頼でした。
スケジュールもタイトで、現場に入ってからも内容が変わっていきました。
現場で常に求められたのは、その場での判断力、即座に形にする引き出しの多さ、そして何よりチームとして柔軟に対応することでした。
用意してきたものをそのまま出す現場ではありませんでした。
そうした状況をすべて含めて、依頼主からは
「本当によくやってくれた」
「この現場で求められることに、的確に応えてくれた」
という評価の言葉をいただきました。
それは技術や演目だけではなく、現場対応力や、チームとしての総合力を認めてもらえたという実感でもありました。
海外の現場では、準備だけでは足りない場面が必ずあります。
最後に問われるのは、人として、表現者として、その場にどう立つか。
サウジアラビアでのパフォーマンスは、刀屋壱としてのこれまでの積み重ねが、形になった瞬間だったように思います。

サウジアラビアのレポートはこれで一区切りです。長いレポートを読んでいただきありがとうございました。
井上尚弥選手の試合前パフォーマンス映像
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— DAZN Boxing (@DAZNBoxing) December 27, 2025
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パフォーマンスチーム






関わってくださったすべての方々に、心から感謝いたします。
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